お米が溶けた備前のグラス 前編
ご無沙汰しております、gaucheです。
二か月半くらいでしょうか、座学ばかりしていました。
あとは最近、子ども食堂のボランティアを始めたりとか、いろんなことしてます。
そして、期末テストも終わって夏休みです。
今回は岡山県備前市にあります、ヒロイグラススタジオの花岡 央さんにお会いしてきました。
公式HP http://www.hiroyglass.com/
以前大阪で、ガラスの器屋さん、中屋 glass&gallery さんに立ち寄った際に、花岡さんの作品が並んでいました。その中の、GRICEシリーズというグラスに非常に感銘を受けまして、連絡せずにはいられなかったのです。
そんなGRICEとは?
ホームページから引用すると、
GRICE(グライス)シリーズは、透明ガラスにお米を発色原料の一つとして溶かし込んだ淡い青色のガラスです。
とのことで、私もはじめて見て、説明を読んだときはよくわからなかったんです。
今回お話を聞いたり、調べて分かったのですが、植物の灰が色の元になるそうです。
その写真がこちら
こんな素敵な色が出るんです。
無理言って押しかけてしまったのですが、駅にお迎えに来てくださったり、終始お世話になりました。
非常にお話しをするのが楽しくて、かなりの時間インタビューをさせていただきました。
大切なお話、素敵なお話、これからよく考えていかなくてはいけないお話、書きたいことがたくさんありますので、どうぞ前編、後編と少し長くなりますがお付き合い願います。
どうしてガラスの道に入ったのかを最初に伺いました。
備前焼の町で生まれ育ち、備前焼の職人を目指して大学に入ったそうですが、
一年生の時に、陶芸と染色とガラスの三つを経験し、ガラスが一番性に合うと思ったのだとか。
ガラスと陶芸は、出来上がる工程が違います。
陶芸は土をこね、乾かし、さあ焼くぞ。となるのは長くて半年後で、
ガラスは次の日には手に取れるんです。
「半年後とかに出来上がった陶器を見て、最初の気持ちってどこに行ったのって感じ。」
せっかちなんです。と笑う花岡さん。
「それに対して、ガラスは手で触れない分つくっていくたびに技術が必要で、ちょっとづつ上手くなっていかなくちゃいけないんだけど、ただそれが次の日に手に取れる。」
そして、いつでも前日のを手にとって、確認してまた別の挑戦がしていける、その速さが全然違う。と続けました。
せっかちというよりも、ハングリー精神たっぷりなのだと感じます。
そして二年生になる時に、専門を決めるらしく、備前焼をやると、ご両親に言って入った大学だったそうですが、
「親に、内緒でガラスに変えちゃったんですよね。」
最後まで悩みに悩んだ結果でした。
でも、今になって備前焼やらなくてよかったなって思う。そう話す花岡さんに
工芸の世界のダークサイドもお聞きしました。
かなりな縦社会なので、入ってたら早くにフェードアウトしてたかもしれない。と。
そういった世界の近くにいる人に聞くお話は結構リアルでした。
リアルすぎて少し黙ってしまいました。
大学時代、数少ない窯は上級生優先で、講義をさぼってガラス吹きに行ってた。
みんなでやるのも楽しくて、汗かいて、筋肉痛になって、本当にスポーツみたい。
「その一体感も楽しかった。」
でも、なんでお米を発色原料にしたのだろう。GRICEを初めて見たときからの疑問は、
工房の前に広がる田んぼを見て何となくわかりました。
「何か一つでも、ここで作ってるという証明のようなものを作りたいなって。
これってうちの町で作ったものだよねっていう共通認識になって、末永く愛されたい。それこそ備前焼のように。」
花岡さんの地元愛の強さを垣間見ました。
行ってみるときっとわかると思うんですけど、備前は本当にいい土地でした。
カラッと暑くて、風は気持ちよくて、一面に広がる田んぼと、少しだけ磯の香り。
のんびりと時間が流れているようで、私って普段、せかせか動いてるんだなって。
将来への漠然な不安が、少しだけ、どこかに消えたような気がしました。
そんな田んぼも実は歴史的に有名な場所だそうです。
おなかが減ってくる、11時半。
学生時代のお話なんかもお話しながら、工房より少し離れた場所へ。
花岡さんのグラスが使われている、(花岡さん曰く、備前で一番おしゃれな)UDOというカフェに連れて行っていただいて、お昼をごちそうになりました。
HP https://www.facebook.com/UDO-629816800487334/
「自分の作ったグラスが使われてる現場見ると、テンション上がるよね。」
そんな、少しお茶目でのんびりした花岡さん、後編では、ものづくりの、経営のシビアな話、未来のビジョンなどの核心に迫ったお話を書いていきたいと思います。